夜汽車
記事/ハタチのもも(2004/3/10記)
最近、懐かしい曲がカバーされたり、ドラマの主題歌などになり、よく聴くことがある。先日、’70年代のディスコソングのCDや、青春時代によく歌ったフォークソングのCDなどを買った。
当時、カラオケなどは無かったので、ギターを片手に何度も歌ったり、仲間が集まれば大合唱などもした。流石に物覚えの悪い私も、今でさえ歌詞カード無しに歌え、たどりながらでもコード進行できるのだから、どれだけの回数歌っていたのだろうか?
さて、このCDの中に「はしだのりひこ」さんの『花嫁』が入っており、例のごとく、CDに合わせて歌っていて、「フッ!」と思ったことがある。同年代の中にはご存知の方も多いと思うが、「花嫁は~、夜汽車に乗って~、とついでぇゆぅ~くのぉ~♪」という歌である。夜汽車の歌で「上野発の夜行列車降りたときからぁ~♪」は石川さゆりさんだったよね。
私など、夜行列車には、学生時代スキーに行く時に乗ったぐらいである。当時『スキー宅急便』などはなく、通路には大きなスキーバッグと板が所狭しと並んでいた。何故かこの夜行列車では、皆テンションが高く、行き先も違う初対面のグループ同士が仲良く騒いでいたりもした。
私にとっては楽しい思い出ばかりの夜汽車なのだが、夜汽車にまつわる話や歌などには、少し暗い憂いがある中での人情味あふれるものが多い。
出稼ぎや集団就職など、家族と離れて都会に出て行く人達の哀愁などが歌われている。大阪生まれで、大阪育ちの私には、当時集団就職とは、昔のことだと思っていた。中学を出て就職する同級生はみんな地元で職に就いた。ところが、最近ある番組で、集団就職の記録を映していたが、私達の年代にはまだ集団就職があったらしい。「金の卵」と言われ、良い就職先がたくさんあったようだ。
今は長引く不況のため、大学を卒業しても就職するところが無く、大学院に進む子たちが多いとのこと。
そう言えば、息子の高校の先生が嘆いていた。2~3年前までは願書を出せば、試験を受ける前にすでに学校に採用の知らせが来たりもしていたが、今年などは、今までならアルバイトから、「正社員になれよ!」と言われて正社員になっていった職場でも、就職試験を受けて、結果不採用になるケースも多かったそうだ。
フォークソング・夜汽車・金の卵・・・貧しく不便ではあったが、高度経済成長の波に乗り出した頃、みんなに勢いがあった。私達子供、若者にも希望を持って頑張る大人の姿が頼もしく、目標となっていた。私達の背中、今の子供や若者の目標になっているのだろうか?
同じく貧しい現代、あの頃より便利で暮らしやすくはあるが、何か物足りない。日々の暮らしの中に、何か満たされないものを感じているのは、私だけなのだろうか?